日本では珍しい、総料理長であり総支配人でもあるという「神戸北野ホテル」の山口浩氏。料理とマネジメントの二足の草鞋をはくことで、見える世界も違ってくると語ります。料理を作るだけでなく、社会貢献も果たしながらビジネスを前に進めていく。そんなチャレンジを続ける山口氏に、クラフトフィッシュの未来のあり方について伺いました。
クラフトフィッシュ編集部(以下、編集部):
海の環境問題への認識が日本ではまだ足りないと言われていますが、どう感じていらっしゃいますか?
山口 浩氏(以下、敬称略):
ごく一般的な料理人と同じように、私自身もサステナビリティについて深く考えてきたかというと、なかなかそうではありませんでした。日本の優れた流通システムのおかげで、注文すれば好きな魚を好きな時に入手することが出来てきたからです。今現在も同様ですから、多くの人たちにとっては海の魚が減っていると言われても、「えっ?」という話ですよね。でも、なかには「以前と比べて魚が高くなったな」とか、「資源が枯渇してきているのかな」と気づき始めている料理人も出てきています。
編集部:
日本人はなぜか魚だけは天然にこだわる傾向にありますね。
山口:
日本人の魚に対する“天然物信仰”というのは、世界でも稀にみる土地の形成があり、山脈地帯で、町のすぐそばに水深数百メートルという海がある。そして、そこではほかの国では考えられないような良質な魚が獲れるし、魚種も幅広い。日本のような環境の中で育った天然物は素晴らしくないはずはないし、世界屈指でしょう。こんなに魚に恵まれた国ってそうそうないと思うのです。だから、サンマやイワシをはじめとした天然の魚が獲れなくなっている今、私たち日本人はどうするの? ということを真剣に考えなくてはならないと思います。魚は日本人のアイデンティティです。それを潰すことはよくない。
編集部:
「天然=美味しい」、という訳でもないという声も聞かれるようになりました。
山口:
天然の魚でもピンからキリまであり、どちらかというと、味の決め手は漁師さんや仲買人さんたちの締めの技術や魚に対する知識があるかないかだけです。たとえば、日本に比べて外国のスーパーなどで見かける魚は臭いがするのですが、別に臭い魚が海で泳いでいるわけではありません。獲った瞬間から臭くなり始めるわけなので(笑)。そういう意味で、天然物がいいとか悪いとかといった評価基準はありません。
ただ、天然物はトレーサビリティが取れていません。知ることができるのは、どこで誰が獲ったのかということだけで、海の中で何を食べていたのか、どこを泳いできたのかなどの情報はまったくわかりません。そうなると、それが本当に安全なのかという問題はついてきますね。
編集部:
今、日本の養殖産業を支えていくために何が必要と考えますか?
山口:
天然の魚がすべてよいとは限らないという事実も訴求し、「クラフトフィッシュ」を選ぶことが海の資源を守る活動にリンクしているのだということを、多くの人に伝えていくことが大切です。陸上養殖の発展=海が守られていく。その過程で、「クラフトフィッシュ」がおいしくなって付加価値がつき、生産者さんの収益性が高くなるという環境を整えていくことも必要です。
ヨーロッパに比べて日本は食料の価格が非常に安い。そんな安い食材を使って料理を作る料理人たちも、なるべく単価を安くして提供する傾向にあります。こうして結果的にみんなが疲弊していく……日本は今そういう状況にあると思います。「料理人にもサステナビリティが必要だなあ」と思うこともありますね(苦笑)。
日本人はもともと魚の消費量や魚に対する知識も豊富なので、その経験値を踏まえて、良質な魚をしっかりと生産することが大切。作る人も食べる人も、海も、みんなが幸せになるために、美味しくて安全安心でサステナブルな魚を育てていくことが、「クラフトフィッシュ」のプロジェクトの成功の鍵となるでしょう。
編集部:
世界では今、様々な食材の認証システムが生まれていますが、日本ではどうでしょうか?
山口:
種類も豊富できちんと処理された日本の魚に、外国のシステムを当てはめるのには無理があります。また、その認証を得たところで魚の価格が上がるのかというと、一概にそうともいえません。既存の規格の中でいい悪いを決めるのではなく、むしろ、優れた日本の生産者がオンリーワンの優れた養殖魚を作り、それをみんなで認めていく、という方が日本のスタイルに合っていると思います。また、それが日本発の「クラフトフィッシュ」のあるべき姿ではないでしょうか?
編集部:
「クラフトフィッシュ」の進むべき道をどのようにお考えですか?
山口:
今、SDGsが注目を集めていますが、魚に関しては日本ではまだ結果に結びついた活動がされていません。行動を起こすことで何が変わったのか、どんな成果が出たのか、それをきちんと見極めて進まないと、声高に叫び続けるだけならば売名行為と取られかねません。たとえば、大企業から資金を調達して実績を作る。そのことでその企業のP R活動にもなる。C S R=SDGs。「クラフトフィッシュ」もそんなスポンサーを作っていかないと、養殖業者が潰れていってしまう、もしくは、育たない。多方面に「クラフトフィッシュ」の必要性を伝え、どんどん巻き込んでいく。そして、「クラフトフィッシュ」も“海を守ろう”という目的からブレないように、社会的責任を追求している集団であることを目指してほしい。そして、そんな活動に参加することで、料理人自身も社会活動に参加できる。そんな好循環な仕組みが早く整うことを願っています。
編集部:
今日はお時間をいただき、ありがとうございました。山口シェフとご一緒に、「クラフトフィッシュ」を盛り上げていきたいと考えています。よろしくお願いします。